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テントはいつから存在していたの?

テントはいつから存在していたの?

 テントはいつから存在していたのか?これが、筆者がこの稿をまとめるにあたって一番知りたかったことです。実は、私自身は素材が何であれ(獣皮、草を織ったもの等)、人が衣服を身につけた段階で、すでに『天幕』が存在していたと考えています。人間は常に工夫する生き物です。だからこそ、衣服に用いた素材で『天幕』を作り、不快な天候(雨や暑い日差し)から自身の身を守ったと考えても不思議ではありません。ただ、これはあくまで推測であって、根拠を伴っていない考えです。根拠を伴ったものを求めるのであれば、それは現代に残る絵画や文献から割り出していかなければなりません。
 「テントは昔、なんて呼ばれていたの?」で『幄』『帷幕』はいずれも上方を幕で覆う構造で、現代のテントと同じであると述べました。この構造が一番多く登場している絵画は、「年中行事絵巻」です。平安末期に後白河法皇が常盤光長(ときわみつなが)に描かせた「宮中の儀式や祭祀、法会、民間の宗教上の風俗」の絵巻物ですが、この中には様々な行事の中で『幄』『帷幕』を使っている様子が描かれています。また、同じ頃に描かれた「北野天神縁起」にも『幄』が描かれていることから推測すると、すでに平安時代にはテントが存在していたといえるでしょう。
 続いて文献からその時期を割り出していきたいと思います。実は、日本最古の歴史書といわる「古事記」や舎人親王らの撰で完成した「日本書紀」の中には『帷幕』という単語が複数にわたってみることができます。
まず、「古事記」を見てみましょう。応神天皇(270~310年?)の項に次の一文が見えます。「爾くして、大雀命、其の兄の兵を備ふることを聞きて、宇遅能和紀郎子に告げしめき。故、聞き驚きて兵を河の辺に伏せき。亦、其の山の上に、あしぎぬ垣を張り、帷幕を立て、許りて舎人を以て王と為て」。応神天皇には3人の皇子がいて、長男は大山守命(おおやまもりのみこと)、次男が大雀命(おおさざきのみこと、後の仁徳天皇)、三男は宇遅能和紀郎子(うじのわきいらつこ)と言いました。応神天皇は皇位を三男に譲ることを決め、宇遅能和紀郎子が皇太子となりましたが、応神天皇が崩御された後に、長男の大山守命が皇位を自分のものにしようと宇遅能和紀郎子の暗殺を企てました。これに気が付いたのが次男の大雀命で、この一文を訳すと「大雀命は兄が兵士を準備していることを聞いて、直ちに使者を遣わせて弟の宇遅能和紀郎子に知らせた。これを聞いた宇遅能和紀郎子は驚き、兵士を川のほとりに潜ませ、さらに山の上に絹の布で垣を張り、テントを立てて、その中に影武者として舎人を置いた」ということが記されています。
 次に「日本書紀」を見てみましょう。この中の景行天皇(71年~130年?)の項に『帷幕』という単語が見えます。「妾(やっこ)、性交接の道を欲はず。今皇命の威(かしこ)きに勝へずして、暫く帷幕の中に納されたり、然るに意に快からず」。美濃に行幸した景行天皇は美人で名高い弟媛(おとひめ)の存在を知り、后にしたいと言い出したのですが、当の弟媛は后になることを望まず林の中に隠れました。あきらめきれない景行天皇は近くの池に鯉を放ち、それを見たさに林から出てきた弟媛をテントの中に拉致、そのとき弟媛が「私はあなた(天皇)と男女の関係を結びたくありません。あなた(天皇)から懇願されて暫くの間、帷幕(テント)で過ごしてきましたが、意に沿ったものではありません」と言ったという一文です。
「古事記」や「日本書紀」がノンフィクションの歴史書と解釈するのであれば、景行天皇、応神天皇の時代、すなわち「弥生時代(紀元前9世紀~3世紀後半)」から「古墳時代(3世紀中後半~7世紀)」にはすでに「テント」が存在したことになるのですが、景行天皇は日本武尊(やまとたけるのみこと)の父といわれる人物であり、その存在に疑問符がつけられていますし、応神天皇については実在性の高い天皇といわれながら、一方で仁徳天皇と同一人物ではないかという説があるなど、実像がはっきりしないところがあります。「古事記」、「日本書紀」とも国生み伝説という明らかにフィクションの部分から始まっていることを考慮すると、こうした天皇の時代に「テント」が存在したと断定するのは難しいのですが、文献に登場する以上これらが編纂された8世紀前半には、すでに「テント」が存在していたと考えてよいと思います。
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参考文献・絵画
古事記/山口佳紀・神野志隆光(小学館)
日本書紀/坂本太郎・家永三郎・井上光貞・大野晋(岩波文庫)
原本現代訳 日本書紀(上下)/山田宗睦訳(ニュートンプレス)
有職故実大辞典/鈴木敬三著(吉川弘文館)
日本絵巻大成8 年中行事絵巻/小松茂美編(中央公論社)

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