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テントは昔、何て呼ばれていたの?

テントは昔、何て呼ばれていたの?

『テント』の意味を広辞苑やネット辞書で引くと〝雨露をしのぐために張る天幕〟もしくは〝木や金属の骨組みと布地で居住空間を作る道具〟と記載されています。ところが、業界の中でもあまり知られていないのですが、『テント』という単語が日本で広く一般的に使われるようになるずっと以前より、有職故実(朝廷や公家の礼式・官職・法令・年中行事・軍陣などの先例・典故)のなかに同じ意味の『幄』という単語がありました。一目見てわかるように、漢字の成り立ちは『巾』+『屋』で『布で作った屋形』という意味。上方を幕で囲った構造という点では、現在の『テント』と同義語なのです。故事類苑に『幄』について次のように書かれています。「幄トハ屋外ニ設ケテ、日光ヲ遮リ雨露ヲ承クルニ供ス」。目的という点でも、『テント』イコール『幄』ということがこのことからわかります。
 古事類苑とは明治時代に編纂された百科辞典のことで、その器用部(食器・装飾品・寝具・照明・車)の中に次のように書かれています。『幄ハアゲハリト訓ジ、或イハアクト音読ス、又其屋ノ形ヲ成セルヲ以テ幄屋トモ云ヒ、絹ニテ作リタレバ、キヌヤトモ云フ、蓋シアゲハリノ名ハ、揚張ノ義ニシテ、平張ニ對スル名稱ナリト云フ、平張ニハ棟ナク、幄ニハ棟アリ、四周ハ幔ヲ懸ケテ之ヲ圍ムヲ常トスレド、亦圍マザルコトモアリ』(訳・幄は訓読みでは〝あげはり〟、音読みでは〝あく〟という。屋形を作ることで〝幄屋(あくや)〟という。布は絹を素材としているので〝絹屋(きぬや)〟と呼ばれることもある。ただし〝あげはり〟という名は〝揚張〟の意味で〝平張〟に対しての名称である。〝平張〟は棟を作らず、〝幄〟は棟を作る構造である。通常は周りを幔で周りを囲んでいるが、囲まないときもある)。つまり、棟を作る構造か、単に布を張って天幕をするのかによって、呼び名が違っていたということです。
 『幄』や『平張』、『あげはり』という言葉は、学校で習った誰でも知っている随筆や物語の中に登場しています。『幄』は「栄花物語」、「吾妻鏡」、「後二条関白記」など、『平張』は「今昔物語」や「大鏡」、「源氏物語」、「徒然草」、「枕草子」など、『あげはり』は「栄花物語」や「枕草子」などにその記載が多く確認できます。その内容に関しては後に紹介していきたいと思いますが、このあたりの書物は平安時代から鎌倉時代にかけてのものです。実はこれ以前の「古事記」や「日は本書紀」には違った単語が「テント」の意味を表していました。それが『帷幕』という単語です。
 『帷幕』の『帷』はこれ一文字で「かたびら」と読みます。「かた」は〝重複しない〟「ひら」は〝薄い布〟という意味であわせて〝違った色の薄い布を数条縫合して、1枚の布にしたもの〟で、現代で言う「紅白幕」や「葬式幕」などもこの部類に入ります。『幕』とは現代の多くの人は、「側幕」のことと思っていますが、当初は「天幕」の意味を含んでいました。古事類縁器用部屏障具には、「後世ニ幕ト称スルハ古ノ幔ノ類ニシテ、傍ニ在ルモノヲ云ヘドモ、延喜式ニ、幕一宇ト書シタルヲ見レバ、當時幕トハ、上ヲ覆ウモノ、名ナルベシ」と書かれています。『帷』と『幕』が重なった『帷幕』の単語で、『幄』と同じ意味になるのです。今後、『帷幕』『幄』『平張』という単語がこの稿に多く登場しますので、その意味をここで理解しておいてください。
 ちなみに、1989年に崩御された昭和天皇の大葬の礼の際、明治神宮などに建てられたテントのことは、『幄』と呼ばれていました。あまり聴きなれない言葉なのですが、現在でも皇室では使われている言葉なのです。
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参考文献
有職故実大辞典/鈴木敬三著(吉川弘文館)
有職故実(上)(下)/石村貞吉著(講談社学術文庫)
古事類苑(吉川弘文館)
広辞苑第6版/新村出編(三省堂)
古事記伝/倉野憲司著、本居宣長編(岩波文庫)
古今要覧稿/屋代弘賢著(原書房)

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