産繊新聞社

テント文化は間違いなく存在していた。

テント文化は間違いなく存在していた。

 「テントは元寇(鎌倉時代)以降に日本に入ってきた」という説を唱える方がいらっしゃいました。筆者は年中行事絵巻などから平安時代にはすでに存在していたことを知っていましたからそのことを指摘すると、「当時のテントそのものを実際見たのですか」と返されました。平安時代に生きていたわけではないですから、実際見たことはありませんし、残念ながら1000年以上前に使われたテントが現代には残っていませんので、それを証明する術はありません。ただ、それなら元寇から日本に入ってきたと証明できるものは何かあるのかということを逆に問いたかったですし、そんなことを言い出したら歴史自体を語れないのにと思いながらも、「よし、それなら色んな文献を調べてそれを証明してみよう」という思いが頭に浮んだことが、本稿をまとめだすきっかけでした。
 「幕」という言葉は当初、「側幕」ではなく「天幕」の事を指していたことは前述しましたが、その初見は〝日本書紀〟ですので、私の「平安時代から登場した」という説も間違いでした。ただ、その調査の過程で、源氏物語や平家物語、徒然草、今昔物語、大鏡など昔、学校で習った有名な物語や随筆の中に数多く「テント」が登場していたということは新たな発見だったと思っています。この稿は、その後所属する商業施設学会などで発表させていただきました。ただ、発表の最後にお話したのは、テントが平安時代に存在していたということは有職故実の研究家にとって常識で、この調査内容自体はなんら新しいものではないということです。業界の方が意外に知らないのは、テントは遊牧民の生活から派生したという思い込みがあったことが一番大きいのではないかと思っています。
 本稿で紹介してきたとおり、あるときは戦(いくさ)の中での兵士の休息場所として、あるときは災害時の避難場所、あるときは公家の屋外行事や寺社の法会の臨時建屋として、様々な場面で、『幄(あく)、帷幕(あげはり)=棟を持つ構造』『平張(ひらはり)=棟を持たない天幕』は活躍してきました。そこには、「仮設」というテントの最大の特長を当時の人達も十分に理解していて、生活の中で活用してきたという事実があります。天皇が行幸で全国を廻られる場面を想像してみてください。牛車に揺られながら進む天皇の一行の傍らに『幄』の構造材と天幕を持ったお付の舎人たちが歩き、目的地に着いたときに舎人たちが『幄』を建て天皇がその中で休憩する―そうした場面は日常的なもので、遊牧民とは違うテント文化が日本にも根付いていたということなのです。
 まだ紹介していませんでしたが、源氏物語五十四帖のなかの第二十四帖「胡蝶」にも天幕(テント)が登場している部分があります。光源氏が三十六歳のときの話。3月20日頃、船楽を開き管弦や舞が催されますが、その際光源氏の弟の兵部卿宮が光源氏の愛人であった夕顔の遺児・玉鬘(父は頭中将)に恋をし、源氏に是非結婚させて欲しいと懇願します。夏になると玉鬘の美貌を聞きつけた多くの男子から求婚の文が届き、父親気取りの光源氏は求婚相手の男子の品定めをするのですが、次第に自身が養女である玉鬘に惹かれていき想いを告白します。「袖の香をよそふるからに橘のみさへはかなくなりもこすれ」。この言葉に玉鬘は困惑していく―という場面です。この「胡蝶」の前半部分には、貴族の船樂の様子が細かく書かれていて、この中に天幕(テント)が登場する一節が出てきます。
「みなみの御まえの山ぎはよりこぎ出て、おまへに出るほど、風吹てかめの櫻すこしうちちりまがふ、いとうらヽかにはれて、霞のまよりたち出たる、いと哀になまめきて見ゆ、わざとひらばりなどもうつされず、おまへにわたれるらうをがく屋の様にして(訳・〈女童を乗せた船が〉南の御殿の山際のところから漕ぎ出し、船が中宮の御殿の前に来るころには、そよ風が吹き花瓶の桜が少し池の水の上に散っていた。うららかに晴れたその霞の中から〈女童が現れた様子は〉しみじみと惹きつけられる。〈鳥と蝶の舞があるが〉わざわざ昨日張った天幕を移して見物場所を作るのではなく、御前に続く渡り廊下を楽屋の体裁にして見物した)」。
 天幕が貴族の生活に密接にかかわっていた様子が窺えます。この「胡蝶」には〝錦〟という言葉が頻出していて、春の華やかな風景そのものを〝錦〟に見立てていますので、紫式部が描いたこの天幕も錦をイメージしていたのではないでしょうか。
 正直に言うと、テントの歴史を知っていたからといって、それが皆様の売上につながるものではありません。でも、自分たちが身を置く業界の歴史を知っていて損はないはずです。テントは1000年以上前から存在し貴族の祭祀・法会の際には不可欠なものだった―そう考えれば、もっと自信と誇りが生まれてこないでしょうか。9回に亘って連載してきましたが、この稿が少しでも皆様のお仕事のお役に立つことを願って終わりたいと思います。
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参考文献・参考絵画
源氏物語(大塚ひかり全訳)/筑摩書房
新装版源氏物語(今泉忠義全訳)/講談社

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