産繊新聞社

公家の行事、社寺の祭礼・法会の臨時の建造物として

公家の行事、社寺の祭礼・法会の臨時の建造物として

有職故実大辞典を引くと「幄舎」は「禁中または公家の行事をはじめ、社寺の祭礼・法会の際の臨時の建造物」と記載されています。そして絵画に多くの頻度で登場しているのが舞楽の座もしくは控え所としての使われ方です。
まず、絵画として『年中行事絵巻』を見てみましょう。巻三“闘鶏、蹴鞠”は年中行事の鶏合(とりあわせ)の場面が描かれているのですが、寝殿(南向き)からみて東西に幄舎を建て、東が唐楽、西が高麗楽の座として使っている様子が見えます。また『天狗草子(てんぐぞうし)』(※1)の中の醍醐寺における桜会で、楽人が笛や笙(しょう)、篳篥(ひちりき)といった楽器を奏でる場所として「幄舎」が使われている様子が描かれています。他に『駒競行幸絵巻(こまくらべぎょうこうえまき)』(※2)の寝殿・中の島に船楽の楽屋として「幄舎」が描かれています。文献では清少納言の随筆『枕草子』261段に次の一文が見えます。「御経のことあすわたらせおはしまさんとて、今宵まいりたり、(中略)おはしましつきたれば、大門のもとに高麗(こま)、唐土(もろこし)の楽して、獅子、こま犬をどりまひ、さうの音つゞみのこゑに物もおぼえず、こはいずくの佛の御國などにきにけるにかあらんと、空にひゞきのぼるやうにおぼゆ、内に入ぬれば、いろいろの錦のあげはりに、みすいとあをくてかけわたし、へいまんなどひきたるほど、なべてたゞに此世とおぼえず」。訳すと「御経供養のために、明日中宮様が(積善寺に)お出ましになるだろう。(中略)中宮様が積善寺にご到着なさったので、総門近くで、高麗楽・唐土楽が演奏され、獅子舞・狛犬舞が飛び跳ねたり舞ったり、乱声の音や鼓の声に興奮する。これは生きながらの仏の国に来てしまったのではないかと天にも昇るようだ。門内に入ると、色彩豊かな錦のあげはり(テント)に、御簾を大変青々と端から端に下げて、屏幔などを引き廻している様子は、何もかもこの世のことと思われない」となり、公家の行事や法会の際に行われる舞楽の控え所として盛んに使われていたことがわかります。
では、「幄舎」は舞楽関係にだけ使われていたのかというとそういうわけではありません。「年中行事絵巻」巻四〝射遺、賭弓〟の場面では建礼門の前で開かれた〝射遺〟の行事の時、公卿達の饗の席として幄舎が使われていますし、巻六〝大饗〟では料理を準備する場所として幄舎が使われた様子が描かれています。また、人だけでなく物を保管する場所としても使われていたようで、巻十二〝祇園会御旅所〟の場面では周囲に注連縄を張り、幄舎の中に御輿を安置する様子、『北野天神縁起』(※3)の吉祥院で開かれた菅原道真五十賀を祝う場面で僧に贈る巻絹の保管のために幄舎が使われた様子が見えます。
 藤原道長の栄華とその死までを記載した歴史物語「栄花物語」巻第二十〝御賀〟の中で土御門殿の庭の様子が書かれていてそこに「幄」が登場します。「殿の有様、中島などの大木みな焼けにし後は、いとこよなけれども、今生ひ出たる小木ども・前栽などは今少し生ひ行く末頼しげに見えたり。(中略)木木の紅葉も折しもめでたき、緑の松に、蔦の紅葉のめでたくて懸りたるに、檀のえもいわず照りておしはり出でたるも、今少し近くて見まほしげなり。庭ははるばるとして、橋立の砂子などのやうにきらめき見えたり。所所の幄(あげはり)・屏幔(へいまん)などの色けざやかに、綱の色おどろおどろしきまであかうみえたるほどなど、けだかうめでたし」。(訳・土御門殿の有様は、中島などの大木が火事で焼けてしまった後、以前とは格段と比較にはならないけれど、新しく生えた若木や前栽などの有様は、大きくなっていく将来が楽しみに思えた。木々の紅葉は折りも折素晴らしい上に、緑の松に紅葉した蔦が這いかかり、檀<まゆみ、秋に赤い実をつける植物>が照り輝き押し張るように枝を差し出す風情も、もう少し近くで見たく思える。庭は広々として天橋立の白砂のように光って見える。所々にあるテントの天幕や屏幔は色鮮やかで、綱の色も鮮やかな赤色をしているのはとても気品があり美しい)。「天幕はどんな色彩をしていたの?」の中で書いていますが、当時の貴族達は、テント(天幕)の色彩を利用して屋外行事を華やかにしていこうという意図が見えるのです。
※1天狗草子:奈良・京都の大寺の僧侶たちを天狗にたとえ、その驕慢(きょうまん)ぶりを風刺、非難したもの。鎌倉時代後半に成立。
※2駒競行幸絵巻:藤原頼通邸高陽院(かやいん)での駒競べの盛儀を描いた絵巻。鎌倉時代後半に成立。
※3北野天神縁起:菅原道真の生涯と死後の怨霊による災いが描かれた絵巻で、詞書中に―承久元年(1219)今にいたるまで―とあることから鎌倉中期に成立。
―◇―◇―◇―◇―◇―◇―
参考文献・絵画
栄花物語全注釈4/松村博司(角川書店)
枕草子(上・中・下)/上阪信男・神作光一・湯本なぎさ・鈴木美弥(講談社学術文庫)
続日本絵巻大成19土蜘蛛草紙、天狗草紙、大江山絵詞/小松茂美編(中央公論社)
日本絵巻大成8 年中行事絵巻/小松茂美編(中央公論社)
日本絵巻大成21 北野天神縁起/小松茂美編(中央公論社)
日本絵巻大成23 駒競行幸絵巻/小松茂美編(中央公論社)

powered by Quick Homepage Maker 5.1
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional