産繊新聞社

導き

翁の導き

高砂神社境内ですれ違いざま、美帆は理帆に声を掛けた。
「ねえ、あなたもあの会社を受けたの」。
「え…」。
まったく知らない子に声をかけられ、理帆は驚いた。
「私は高橋美帆。姫路の高校に通っているの。試験では気付かなかったけど、あなたもあの会社を受けたんでしょ。今日の筆記試験って難しくなかった?私、ぜんぜんできなかったわ。」
〝天真爛漫〟。美帆はこの言葉がピッタリ当てはまる子だった。初めて会った子でも機関銃の様に話しかけた。
あっけにとられていた理帆も、そんな美帆の話を聞きながら、いつの間にか微笑みを返していた。
「あの…」。理帆はそういうと少し恥ずかしそうに下を向きながら答えた。
「私は三浦理帆といいます」
美帆がはじめに自分のことをしゃべり、問いかけに理帆が答えていく。そんな繰り返しだった。「どんな歌聞くの?」「休みは何してるの?」「好きな人いるの?」。
他愛もない話だったが、あっという間に時間が過ぎていた。

日が傾きかけたとき、話題が核心の就職のことに及んだ。
ズーンと石が乗ったような重苦しい空気が流れた。
美帆も理帆もうつむいた。ふたりにとって腫れ物の話題であった。
はじめて理帆から美帆に話しかけた。
「私、面接が苦手で…。いつも緊張してしまってぜんぜん話ができないんです」。
この日受けた会社でもやっぱり緊張し、面接官の質問にうまく答えられなかった。
どう考えても自分が合格するとは思えなかった。
就職に関しては美帆も同じだった。うつむく理帆に「気にすることないわよ。私なんか今日で7社目。たいてい筆記試験で落とされるけど」と、精一杯の作り笑いでなぐさめた。
理帆は不思議な感覚だった。美帆になら何でも相談できる様な気がした。それは美帆も同じだった。二人が友達になるにはそう時間がかからなかった。

身震いする冷たい風が吹いたとき、話題が自身の夢のことに及んだ。
理帆は美帆に言った。小さな頃から父の仕事を見て、ミシンに興味を持ったこと、はじめて人形の洋服を作ったときポケットを縫付けて失敗したこと、自分で作った服を着て買い物にでたとき近所のおばさんに「かわいいワンピースね」と声を掛けてもらったこと、そして本当なら父の跡を継いでミシンの仕事をしたかったことを美帆に話した。
美帆は聞きながら、将来のことを真剣に考えていた理帆に少し嫉妬した。友達がたくさんいて楽しい学生生活を過ごしてきた自分。それだけで幸せだった。仲の良い友達だって、明確に何かをしたいと思っている子はいないし、高校生はそんなものでいいと思っていた。
理帆の話を聞きながら美帆は何も考えていなかった自分を恥じた。

理帆が聞いた。
「あの、美帆さんの将来の夢って何ですか?」。
美帆は戸惑った。聞いて欲しくないことだった。
飛び出した言葉が「『さん』づけはやめて。同じ年なんだから。『美帆』でいい」だった。
理帆は少しびっくりした。今まで笑いながら話していた美帆が怒っているように見えた。
美帆はハッとわれに帰った。「ごめん、理帆。ちょっと自己嫌悪に陥っちゃって。私、恥ずかしい話なんだけど、今まで自分が何をしたいかなんて考えたこともなかったの。普通に大学に行って、就職して、結婚して。それが当然だと思ってた。でも理帆の話を聞いてすごいなって…」。それだけを言うと美帆は黙ってしまった。
ふたりの間に微妙な空気が漂った。時計はもう午後5時を回っていた。
「あ、もうこんな時間。そろそろ帰らなくっちゃ。ねえ、理帆。もし良かったらこれからもメールでお話しない。就職活動の愚痴も聞いてもらいたいし。」
「私、こんな性格だから友達も少なくて。美帆さん。私のほうからもお願いします」。
ふたりはメルアドの交換をしながらニコッと微笑みあった。
帰りかけにふたりは、神社の一角にひっそりと銅像が建っていることに気がついた。2本差しの武士の格好で左手に図面の様な巻物、右手は北の方向を指差す、おおよそ神社に似つかわない銅像。碑には、「我が国帆布製造の始祖、工楽松右衛門翁」と書かれている。
「ねえ、美帆さん。このひとって知ってる?」。
「ううん。ここは小さいときから遊び場だったけど、こんな銅像があるなんて気づかなかったわ。どこかのお侍さんかしら?」。
ふたりはなんとなく銅像のことが気になった。そして、読み方もわからない「工楽松右衛門」という文字だけが頭にインプットされた。
高砂神社で

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