産繊新聞社

工夫を楽しみながら生み出した新たな発明品

工夫を楽しみながら生み出した新たな発明品

ここに松右衛門帆の販売についてひとつの美談がある。当時兵庫の匠町に喜多二平という船具商があった。この店舗は数代前から船具商を営み、なかでも帆布の販売高が最も多かった。喜多二平は、常にその改良のことを研究していたところから、松右衛門帆の発明を聞き、大いに喜んだという。その本店北風荘は、松右衛門の荷物問屋であり、各地の船頭衆が常に同家に滞在していることを幸いに、新帆布の便益が多いことを説明宣伝し販路の拡張に努めたので、忽(たちま)ち全国一般に広まり、帆布の売上高が増し、店は大いに繁盛した。
松右衛門の没後、二平は松翁功績偉大なるを感じ、その徳を追慕し頌徳の碑を建てようとしたが竟に果たせず、その子孫は父祖の意志を継ぎ、嘉永6年(1853年)3月兵庫柳原八王寺境内に一石碑を建て今日に至るまで祭司を怠らず、松翁の余得に酬いているという。その碑面に
「祖二平号北堂 法謚字道博観禅定門 当林草創随喜之主也 曽聞慕松翁之徳 欲建碑面不果矣 今建焉 続志謝恩 嘉永六年癸丑三月 般若林覚厳誌」
と記されてあり、碑形も松翁と同様に帆布をかたちどり、如何に追慕の深きかを偲ばせている。
松右衛門の発明は帆布だけにとどまらない。寛政12年(1800年)、彼58歳のとき、杉や檜の産地であった羽州秋田の商人から材木輸送のための工夫を頼まれたことがあった。当時の船は材木輸送に不向きで巨材を船積みすることができなかったが、松右衛門は巨木で筏を組み、帆舵をつけて船とすることを思いついた。大蔵永常著の農具便利論に「羽州秋田より材木を筏に組み北海を乗り切り、その後も度々なりしが、中にも本口四、五尺あまり、末二尺余なる帆柱をしゅろ縄をもてたてぬきに結付け、棚を組み垣だ門を拵へ櫓の間をしつらえ、舳に舵をたて、へさきに碇を置き帆柱三所に建て中帆、矢帆をもうけ筏の底平かなれば真帆の時は三つの帆にて心よく走れども、押花の時は筏横入りる愁いあり、かじひとつにては是をえることなり難とて、又板を五、七枚はぎ合わせ戸の如きものをいくつもつくり筏の間より水中へさしおろしかじの助けとする。和波のときは櫓にて漕ぎ、雨の日は笘をわき、つなぐところたてば碇をおろしその働き尋常の船に異ならずして、水主も僅か六、七人にて足れり。その形、あやしければ港々にて見物の人おびただしかりしとなん。」とある。当時千石船に用いられた帆柱に改良を企て、長さ15間以上(根幹五尺許、端末一尺四、五寸の径)の丸木三本並べ、その上に二本を重ね竹製の輪にてこれを堅縛し「姫路の五本丸」と書いた幟を立て、秋田の港を出帆して大阪に帰港した。
少壮の時代から帆船による航海術を練習し、東西、沿岸の航路はもちろん、後には東蝦夷地方の海洋航路にも通暁し、当時における屈指の名船長であった松右衛門だからできる業であった。又江戸の往復にも度々それを使用したので、五本丸の名は到る所に伝承された。ところが、江戸城御本丸と語音相通ずることから、幕府の忌諱に触れ、大阪川口の御番所に呼び出され糾明を受けた。このときは何等他意なきこととして釈明が聞き入れられ、直ちに開放されたという。「五本丸」と「御本丸」という読みに神経を尖らす徳川幕府の片鱗がうかがえて面白い。
なお、この五本柱が発明された時期は、前述の農具便利論には「42歳のころ」と書かれ、かたや小生は「寛政12年彼58歳のころ」と書いた。42歳の頃の松右衛門は帆布の発明に日夜没頭し、一時船から下りたと見るのが妥当ではないかと思われ、小生は「58歳のころ」の説をとったが、彼48歳の時には既に北海の果てエトロフ築港に当たっていたので、はっきりとした年代がわからない。松右衛門が42~43歳から57~58歳までの間と鷹揚に判読を願っておきたい。
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松右衛門の意外な発明品
 松右衛門が発明したものとして、意外なものに「荒巻鮭」がある。司馬遼太郎の「菜の花の沖」には、「江戸時代は、松前・蝦夷地から運ばれる鮭は塩鮭で、塩のかたまりを食っているようにからいものであったが、松右衛門は松前で食った鮭の味が忘れられず、この風味をそのまま上方にとどけようと思った。かれは、内臓や鰓(えら)をのぞき、十分に水洗いしてから甘塩(薄塩)を加え、わらでつつんだ。むろんこの程度の塩では腐敗は防げないが、この荒巻鮭だけのために早船を仕立てて送った」と紹介されている。歴史の中で、食べ物を発明した人の名前というのは、意外に後世に伝わらないものだが、この新巻鮭だけは発明者の名前が後世に伝わった。
画像の説明  兵庫柳原八王寺境内の松翁の碑

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