産繊新聞社

広幅木綿帆の完成

広幅木綿帆の完成

改良―改織幾多の後、天明5年(1785年)の4月、彼43歳にしてようやく、一種独特の帆布の織り出しに成功した。
 松右衛門帆の特長については『今西氏家舶縄墨私記』(1812年)に「松右衛門帆ト云ハ、太ト糸竪横(たてよこ)二タ筋ツツにて織たる帆也、尤広幅ニテ二尺二、三寸アリ、是又品々違アリ」とある。松右衛門帆(注1)は縦糸、横糸とも刺帆の糸とは比較にならないような太い糸で織っていて、強度で言えば刺帆の数倍あったと思われる。彼は自己の持ち船『八幡丸』に之を使用し、実験した。結果は彼の予想通り、使用が軽便であり、持久力もあることを確かめ得たので、ついに兵庫の佐比恵村に工場を建て、愈々本格的に帆布生産を始めた。之を聞いた遠近各所の船頭衆は、競ってこの帆布を注文し、又使用してその便利なるを吹聴し、すぐに世に伝播されることになった。製織者自身が使用者であり、実地経験による製織であることも手伝って、一般の船頭衆にとって帆柱から製帆の技術もともに教えを受ける便益は、神の恵みとして喜ばれた。昨日までの船頭仲間の松右衛門は、最早同類ではなく、自然と数段も上の人として敬し尊ばれる存在となった。多年の苦心は報われて、松右衛門帆の名声は全国津々浦々に拡がりを見せていくのであった(この喜びの前年、天明4年に、松右衛門二世が誕生していることも併せて付け加えておく)。
 之を聞いた諸国の船具商も新帆布の売れ行きに、取次販売を申し込む者、日々数を増した。又織布の伝習を乞う者も多く出てきたので、松右衛門は再び想を練り、社会公益という観点から自己の独占すべきものにあらずとし、多くの弟子職人に心から製織の技を伝授した。結果、数年後には二見、明石、加古、阿閇などの各村に、そのほか付近一帯に「松右衛門帆」の織工場が出現した。また帆布織産業は、西進して備前、備後方面でも発展し、その流れは今でも倉敷や尾道に残っている(この稿が発表された昭和29年当時、まだ、手織りの経験者が播州や備前、備後、尾道に存在していた)。なお、工楽家には明治23年まで、松右衛門が当時使用していた織機が保存されていたが、時代の変遷というか無用の長物として焼き捨てられたことは誠に惜しみ見ても余りあることであった。
 さて、話をもう一度元に戻して松右衛門が異常な熱意を持って、帆布の考案に傾注した理由は、江戸幕府の鎖国政策にあったといわれている。当時は千石以上の造船が禁止されていて、千石船が一番大きな船であったが、これは現在の30、40トン級の船であり沿岸の近航船でしかなかった。室町時代にはもっと大きな五、六千石の巨船が走っており、千石船に比べてその積載量は比較しがたいほど多かった。そこで、松右衛門は千石以上の船を作るという禁令を破るのではなく、石数は据え置きにしながら積荷をウンと増やす方法がないかと研究を始めたのである。松右衛門は多年の海上経験から、帆の性能によって積載量が増えることを知っていた。また、筵帆や刺帆は強い風が吹くと破れるため、一旦帆を降ろし、風待ちをおこなっていたが、これでは目的地につく時間が定かでなく、所要時間が余りにもかかりすぎた。強い、破れない帆を作れば目的地までの時間短縮につながり、さらに積荷の倍加ともなる。松右衛門帆はこうしたことを解決するまさに一石二鳥の帆であり、当時の造船技術にどれだけ貢献したか計り知れなかったのである。
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 注1・工楽家に保管されていた松右衛門帆は、5尺8寸(約176㎝)と7尺1寸(約215㎝)の2片あり、いずれも両耳約1寸(約3㎝)をつけていた。帆布織りではこの「耳垂れ」が難問であり、松右衛門もこれに苦心し、改良につぐ改良を加えた。写真①は昭和29年当時、工楽家において撮影したもので、持船に使用し、実験した「本織り第一号記念品」ではないかと考えられている。残念ながら、この帆布自体も織機同様に、所在がわからなくなっている。現物としては「北淡海・丸子船の館」で展示されている丸子船の帆(写真②)に松右衛門帆の特長や技術を見ることができる。
北淡海・丸子船の館
琵琶湖の最北、西浅井は古くより北陸と京都・大阪をつなぐ重要な交通路として人々の暮らしと関わってきた。大浦・菅浦・塩津浜の三つの港を有し、陸上と湖上輸送の中継地でもあった。その湖上水運の主役を務めたのが琵琶湖独自の帆船「丸子船」であり、「北淡海・丸子船の館」は、現存する丸子船の展示を中心に、船体備品や航海・荷造作業備品から生活用具まで貴重な資料の数々を展示している。
住所:滋賀県伊香郡西浅井町大浦582
TEL & FAX:0749-89-1130
入館料:大人200円、子供100円
休館日:毎週火曜日(火曜日が祝日の場合は翌日)、年末年始:12月27日~1月5日
画像の説明 画像の説明
写真①工楽家所蔵の当時の帆布       写真②丸子船の帆

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