産繊新聞社

昭和29年

昭和29年

社会での出来事
この年、政治では造船疑獄が大きくクローズアップされた。造船疑獄とは戦後、「外航船建造利子補給法」制定請願をめぐる贈収賄事件のことで、4月21日佐藤栄作自由党幹事長の逮捕要求に対し犬養健法相が指揮権を発動、検事総長に逮捕中止と任意捜査を指示した。政治が検察に介入した日本政治史の一大汚点とされてきたが、その後証拠能力を巡って、強引に捜査を進める特捜部を検察幹部が止めるために、政界に対して指揮権発動を促したことが明らかになっている。
1月1日より50銭以下の小銭が廃止された。3月1日ビキニでアメリカが水爆実験を行い「第五福竜丸」が被爆、5月16日の雨から放射能が検出され、以後各地で続出した。こうしたことによって8月原水爆禁止署名運動全国協議会が結成された。4月20日「第1回全日本自動車ショー」が日比谷公園で開催された。当時、車は庶民にとって夢のまた夢で、展示車両のうち乗用車はわずか17台、ほとんどがトラックであった。9月26日、青函連絡船「洞爺丸」が台風15号の影響で沈没、死者・不明1,155名という大惨事が起こった。またこの年、テレビの受信契約が1万台を突破したが、特にシャープ兄弟と力道山・木村のタッグマッチなどプロレスが大人気であった。映画では11月には初のSFトリック「ゴジラ」が封切され、以降怪獣ものがブームとなった。電気洗濯機が急速に普及したのもこの年の出来事。ヒロポン禍が社会問題化した年でもある。
音楽では「ひばりのマドロスさん」(美空ひばり)、「お富さん」(春日八郎)、「岸壁の母」(菊池章子)などがヒットした。
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業界での出来事
この年、業界は半恐慌状態で、2月、3月に問屋・商社を襲った金融デフレがメーカーに飛び火。綿帆布の二大メーカーの敷島帆布(月星)と東洋繊維(二つダイヤ)が今で言うリストラを実施した。新聞の見出しには、「重布生産高大幅に減る」、「強力人絹自然操短」、「麻の輸入大幅に減少」という文字が躍った。
こうした現状の中、綿帆布の牙城に迫るべく、化繊各社が重布業界に進出してきた。倉レのクレモナ、日紡のミューロン、鐘紡のカネピアン、呉羽のクレハロンに続き、帝国人絹、旭ダウなども参入してきた。旭ダウや呉羽化学など塩化ビリニデン系合成繊維サランのメーカーは増産計画を発表、帝国人絹は強力特殊人絹糸16番手の紡ぎ出しに成功、「強力テスコ帆布」を発売した。そのほか大和紡は倉敷レーヨンと提携しビニロン帆布を発売、東洋レーヨンはナイロン帆布の増産に動いた。これにより、重布業界は「綿帆布」「麻帆布」と「合繊帆布」の三つ巴の様相を呈した。新製品では、東洋繊維が綿と麻の交織帆布をハマ印で発売、一見は綿帆布でありながら、横糸に麻を用いることで強靭性、防腐性を発揮させようとした。
終戦後、船具としてのキャンバスは、帆の需要は少なくなっていたが、貨客船が使用するハッチカバーの用途が堅調に推移していた。しかし、2~3年前から金属製ハッチカバーが主流となったことから、キャンバスは遂にこの市場さえ失いかけていた。ここで、帆布用途に新境地を開いたのが太陽工業である。長年建築工学、機械工学、構造力学からキャンバス製のプールを研究、20m×8mの本格的プールを開発し大阪の今川小学校に寄贈した。一方、高島と矢野テント商会が、サランテントで心斎橋筋にアーケードを完成させ、以降商店街のアーケード用途に使われるようになった。この後、旭化成のサラン部は軒先テント向けに、白、黄、橙、紺、水、鼠、淡緑、濃緑、赤の九色、縞柄六色のサランテントを発売、軒先テントの市場がこの色数の登場によって活性化され、以降商店用途に絶大な人気を博した。
開発面では、東洋繊維がこの年、シルトン防水の濾過布、テント、シートを開発した。シルトン防水とは銅化加工の防水技術で、鮮やかな緑青色、防腐性、防水性を特長としている。戦前、逓信省管船局は船舶艙口覆布にはこの加工技術を指定しており、認定工場として東京の日新染布、大阪の稲畑防水が登録されていたが、加工賃が高くついたことからその技術は高く評価されながら、民需用にはほとんど普及しなかった経緯があった。東洋繊維三原工場の長沢文四郎氏が、染色と防水、乾燥の特殊装置を発明、独特の染法による染ムラの排除、銅化加工の難点とされる酸の完全抽きとり、銅分の組織内保留などにより完全防水の効果と強度を増すことに成功した。
業界関連では、まだ懇親会的組織であった全国の組合の中で「兵庫県天幕商工組合」は、この年の2月7日に総会を開催して、全国テント業界の再編気運のトップとして「兵庫県天幕商工会」を新発足させた(会長は須浪義人氏、副会長は杉原俊男氏)。また、4月には東京船具加工同業組合が結成され、組合長に羽成福太郎氏が就任した。6月7日には前年5月に不慮の火災で焼失した関西帆布化学防水の新本社工場が竣工している。

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