産繊新聞社

昭和37年

昭和37年

社会での出来事
「キューバにソ連のミサイルが持ち込まれている」という情報から、アメリカのケネディ大統領が「海上封鎖」を表明したのがこの年。いわゆる「キューバ危機」が表面化した。2月1日、東京都が世界で始めて1千万人都市になったほか、3月にはテレビ受信契約数が約1千万件を突破した。5月3日、常磐線三河島駅構内で列車の二重衝突、160人が死亡するという痛ましい事故が起こった(三河島事故)。また、大日本製薬が西独のサリドマイド系睡眠薬による奇形児問題で出荷を中止するなどの出来事も起こった。7月7日、九州や西日本が豪雨に見舞われ、死者・行方不明あわせて227人の大災害が起こったほか、8月には三宅島雄山が22年ぶりに噴火するなど、自然の猛威が日本を襲った。政治では7月1日実施の第6回参議院議員選挙でタレント議員という言葉が生まれたほか、この選挙の後、創価学会を母体とした参議院の院内交渉団体公明会(公明党の前身)が結成された。
大正製薬から発売された従来のアンプル剤に代わる瓶入り栄養保健ドリンク剤「リポビタンD」、人気番組「てなもんや三度笠」の主役・藤田まことを起用し「当たり前田のクラッカー」というフレーズが耳に残る「ランチクラッカー」、雪印乳業が国産初として発売した「スライスチーズ」などがヒット商品に。スポーツでは9月5日に金田正一投手(国鉄)が、奪三振3514の世界新記録を作ったほか、10月10日ファイティング原田が、ボクシングの世界フライ級タイトル獲得。10月13日モスクワで開かれた世界バレーボール選手権大会で日本女子チームが優勝するなど、日本がいた。
そのほか、台湾のコレラ騒動で厚生省が台湾バナナの輸入を禁止したのがこの年の8月の出来事。同じ月に堀江謙一が、ヨットで太平洋単独横断に成功、また戦後初の国産飛行機・YS-11が試験飛行に成功した。芸能界関係では、マリリンモンローの自殺や美空ひばりと小林旭の結婚が話題に。ボーイッシュルックやヘアバンドが流行。東京では住宅難が深刻になるとともにスモッグが問題化、求人難で「青田刈り」の傾向も強まった。歌では「いつでも夢を」(橋幸夫&吉永小百合)、「ルイジアナ・ママ」(飯田久彦)や「遠くへ行きたい」(ジェリー藤尾)、「君恋し」(フランク永井)、「哀愁のトランペット」(アイ・ジョージ)などがヒットした。
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業界での出来事
綿紡、鉄鋼業界は大不況。売上が戦後最悪の水準にまで落ち込み、株式が暴落していた。業界では綿帆布の在庫がだぶつき気味になったのにもかかわらず、生産量の調整が遅れた。系列問屋の引き取り難からメーカー直結の商社が、直売の動きを見せだしたこともあり、価格に乱れが生じだした。東西で幾度となく協議を重ねたが、協調をもたらすには至らず、3月に紡績5社、機屋4社、関西重布会8社が集まり、懇談会を開き、同件について意見交換を行なった。 懇談会では、重布会が紡績及び機屋に生産調整を働きかけ、実情に沿った販売価格に戻ることを待つしかないという曖昧な結論しか見出せなかったが、その後、関東から「関西側の値崩れがはるかにひどい」として関西側に自重を切望、各社に反省を促した。
9月、通産省から全帆連に対して集会用テント、キャンプテントにJIS規格を制定するよう指示が下りてきた。サイズなどの規格制定、JIS認定工場指定が主な要望であったが、業界からは大反対の声。大阪からはタカラテント商会の若村三人氏、太陽工業の能村龍太郎氏、三和縫製の山崎康夫氏、東京からは全帆連の稲垣勝蔵会長が同省に呼び出され、意見交換会が行われた。業界側からは「綿帆布にJIS規格を制定すること自体に必要性がないのに二次製品に制定する意味がわからない」、「キャンプテントの大部分がレジャー用で千差万別であってこそ業者の研究心が高まる」、「画一品の大量生産ができるのは大企業だけで規格制定が零細企業を締め出す」など3点を指摘、結局寸法においてのみJIS規格を制定することとし、認定工場指定の件は取り消された。ただ、寸法などの規格も東京と大阪で相違していたため、A式、B式という形でのとりまとめとなった。
6月に東京都の火災予防条例が改定され、JIS及び消防庁規格が定められた。合繊の難燃性が重視されだし、不特定多数が集まるホテル、劇場はじゅうたん、カーテンなど一斉に転換の方向で動いた。7月に入ると前年に養生用シートの火災によって尊い命が失われたこともあり、帆布類の防炎規定が決定、東京消防庁より第16条が公示された。この中で、試験方法や試験装置、試験体の前処理、炭化面積の測定、結果の判定など、現在の防炎ラベル制度の基本部分が決定した。
労働省職業訓練局は、ブラジル、インドネシア、ペルー、フィリピン、中国、アラブ連合、インドネシア、インドなど発展途上国の産業視察団を受け入れ、労働監督者ゼミナールを8月15日から一ヶ月間開催した。東京、神奈川、名古屋、大阪、埼玉の一流企業の工場を見学し、戦後急速な経済発展を遂げた日本とそれを支えた企業経営を教えていくことを目的としたものであるが、このうち大阪では日立製作所桜島工場、森下仁丹、住友電工のほか太陽工業淀川事業所が選ばれ、9月7日、産業視察団が同社に来社した。
この年、ツイストがブームとなったが、これに便乗して帝人がテビロンテント地を使って作った「ツイストバッグ」が若者の間で大流行、3ヶ月間で約40万個を売り上げた。また、在阪のミシン輸入業者・松下工業が政府に申請していたアメリカ・ファーナー社の日除けテント金具の輸入許可が下りたことで、本格輸入を開始した。当時日本の業者として電動オーニングを輸入した第一号と思われる。ただ、この当時の為替レートは一ドル三百六十円で、高価すぎて殆ど普及しなかった。また石川繊維が不燃の養生シート「ビル・シート」、東宝繊維がシワになりにくい「ハイテルシート」、旭化成が壁張布「アンダリアクロス」、倉レが「クレモナテント地」を発売するなど特に合繊生地の新製品が多く発売された。
3月27日、平岡織染㈱草加工場が落成し、披露パーティーが開かれた。40周年記念事業の一環として建築されていた最新鋭の工場で敷地は7千坪に及ぶ広大なものであった。また㈱岡島製作所(大阪市浪速区)は港区魁町に第二工場を建設、6月より稼動した。加藤五兵衛商店の本社ビルが11月16日竣工した
組合・団体関係では2月に懇親団体ながら長野県帆布製品工業会(会長・福島茂雄氏)が、4月に入ると福井県雨衣商工業同業会(森永幸司会長)、6月に入ると熊本県天幕雨覆工業会がそれぞれ発足した。前年の名古屋に続き、4月に村上繊維工業㈱など8社が集まり北海道重布会を設立、6月には福岡重布㈱など5社が集まり九州重布会が設立された。

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