産繊新聞社

昭和38年

昭和38年

社会での出来事
昭和38年上半期の一番大きな出来事といえば、東京・入谷で起こった村越吉展ちゃん誘拐事件。警察の失態で身代金が奪われたこの事件は、昭和40年7月3日に犯人・小原保逮捕、5日に吉展ちゃんの遺体が発見されるという最悪の結果を迎えることになる。この事件の犯人と平塚八兵衛刑事がモデルとなった「誘拐」(文芸春秋、本田靖春)は、ドラマ化された。また、同じくこの年5月1日には埼玉県狭山で女子高生・中田善枝さんが誘拐、4日に遺体が発見される、いわゆる狭山事件が起こった。当時から怪しいと思われる複数の人間がいたが、吉展ちゃん事件で失態を演じた警察が、見込み捜査で被差別部落出身の石川一雄青年を逮捕した。1994年に石川青年は仮釈放されたが、捜査段階から様々な問題点が提起されたこの事件は、冤罪事件として今も再審請求が続いている。
翌年の10月10日開幕する東京オリンピックまで一年余り。昭和38年後半は、東京都を中心に街の美化活動が活発になってきた。不定期だったゴミの収集が定期的になったほか、懐かしい木製のゴミ箱が悪臭の元凶になるという理由で撤去された。そのほか、野放しだった立ち小便の取り締まりが強化されたり、子供たちはランニングシャツのまま外で遊ぶことを控えるよう、学校からのお達しがでたりした。
11月9日には三井三川鉱の炭塵爆発で458人が死亡する事故が起こった。11月23日には日米間テレビ宇宙中継受信実験が成功したが、その中ではケネディ大統領暗殺の衝撃的ニュースを受信した。12月8日には力道山が暴力団員に刺される事件も起こった(15日死亡)。
フジテレビで日本初の連続テレビアニメ『鉄腕アトム』の放送が開始された。強い寒気の南下により北陸を中心に日本海側で猛烈な降雪。福井で積雪213㎝という記録的な大雪で、三八豪雪と呼ばれた。また、坂本九の「上を向いて歩こう」がアメリカで「スキヤキ」として発売、6月に全米ヒットチャート1位を記録した。歌謡曲では「夢みる片想い」(伊東ゆかり)や「ヘイ・ポーラ」(田辺靖雄と梓みちよ)、「シェリー」(ダニー飯田とパラダイス・キング)などがヒットした。
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業界での出来事
繊維市況も前年末より上昇気運となり、新年早々、生産調整をしていた綿帆布の建値が東西で一斉に値上げされた。そんな折、東京重布㈱という新会社が関東で設立された。社長には稲垣勝蔵氏が就任、大阪の問屋関係の怱々たるメンバーが重役に名を連ねた。もともと既存の販売網に入り込む意図はなく、需要の自然増と関東で販売されていない新しいものを販売する意味合いで設立されたものであるが、当時は少なからず問屋筋の中で軋轢を生んだ。
オリンピックを翌年に控えた東京は、街の美化活動が積極的に進められてきたが、これにあわせて京都、大阪などの都市でもストリート周辺の美化運動が動き出した。特に商店主の中には自費で外装の改築に手を入れる人が多くなり、特に短期で手っ取り早く、安価に外装を変える事ができる軒先テント需要が高まった。この年の日除けテントの傾向は無地物が主流。色彩と文字などレタリング、マークの組み合わせで外観をすっきりと見せる手法が流行った。
昭和29年、旭化成より合繊の日除けテント地として発売されたサランテントは、十周年を迎えた。合繊テント地として人気が高かったが、この年品質面で大幅な改良を加えた。一つは従来タテ、ヨコ糸ともにモノフィラメントで織られていたが、改良後はタテ糸にモノフィラメント、ヨコ糸にマルチフィラメントを採用、①柔軟性を有し寒冷地での使用に対応、②縫製がし易く生地面に傷が付きにくい、③新しい組織でヨコ糸が表面に表れない為、色が鮮明、④防暑用にアルミ粉を混入―などの特長があった。また、前年の昭和37年に改正された消防法にも対応、燃えにくいテントとして評価を高めた。
合繊帆布類は、素材をビニロン、ナイロン、テトロンを採用しながら品質を変えてきたが、この年夢の繊維というキャッチフレーズで「ポリプロピレン」製帆布が登場した中で、敷島カンバスと東洋レーヨン及び朝日加工は、東レ「パイレン」ハンマー錨印防水帆布の販売を開始した。軽量でありながら優れた強度を持ち、寸法安定性にも優れ、さらに防水は三段式染色防水法(高分子合成樹脂加工)の新方式を採用した同帆布は、すぐに業界の中で人気商品となった。また、後発ではあるが東洋紡績や大和紡績もポリプロピレン製帆布の開発に着手した。
前年、キャンプテントにJIS規格を制定するよう通産省より指示が下りてきたが、寸法などの規格が東京と大阪で相違していたため、その調整に手間取っていた。大阪側は登山テントの腰張綱は90㎝ごとに一巾縫目、東京側は60㎝ごとに一巾縫目を主張、双方が譲らなかったが、小川テントの馬場可一氏の調整もあり大阪案で統一されることになった。
この年、マカロニ繊維、いわゆる中空繊維の開発が活発化した。同じ繊維より軽く、防音・保温性に富み断熱効果が高い、弾力性に優れている、摩擦強度がある―などの特長から東レ、帝人、日レ、倉レなどが開発に乗り出した。また東洋紡のエクスランテントがヒマラヤで活躍、それまでのアクリル繊維が持っていなかった強度や耐候性が評価された。新製品では日本無機繊維が世界で一番細いガラス糸を開発、小島鉄工が溶接箇所のない38型テント支柱を発売、大和紡績は大日本塗料と提携して「光る衣料」の開発に乗り出した。
業界関連では5月13日箱根で開かれた日帆連総会において、馬場可一氏が新会長に就任した。馬場氏は先に開かれた東京都帆布製品工業会の理事長にも就任している。また6月15日中国帆布製品工業会が広島市の魚翠園で総会を開催され、会長に杉原昭三氏が就任した。系列化をめざし、大東工業が「東友会」を設立した。
訃報では1月8日、業界の父と呼ばれた敷島カンバスの鈴鹿良蔵氏が亡くなられた(享年67歳)。

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