産繊新聞社

昭和40年

昭和40年

社会での出来事
昭和40年といえばベトナム戦争が激しくなった年である。前年8月のトンキン湾事件がきっかけとなり、アメリカは2月に北ベトナム爆撃(北爆)を開始、3月には沖縄駐留の海兵隊二個大隊などの米兵3500人を南ベトナムのダナンに上陸させ、本格的にベトナム戦争に介入していった。以後、戦争は拡大し、米軍は5万8千人が戦死、30万人以上が負傷した。
この年は、大きな炭鉱事故が立て続けに起こり、2月には北炭の夕張炭坑で62人が死亡、6月には福岡県山野炭坑で237人が死亡する痛ましい事故が起こった。
7月4日、昭和38年3月に起こった吉展ちゃん事件の容疑者である小原保が逮捕され、5日に都の円通寺で遺体が発見された。同月の29日に神奈川県座間町で警官2人を殺傷した少年ライフル魔が、渋谷の銃砲店で店員を人質に立てこもり、警官隊と銃撃戦を繰り広げ、16人が負傷する事件が起こった。 
9月24日には国鉄が「みどりの窓口」を開設し、コンピュータによる特急券指定券を販売開始、旅行がより便利になった。10月5日から7日、台風の影響でマリアナ海域で漁船7隻が遭難、死者・行方不明で209名を数えた。11月17日、プロ野球でドラフト制が始まり、巨人は堀内恒夫、阪神は藤田平、阪急は長池徳二、近鉄は鈴木啓示を指名し、ドラフト一期生が生まれた。そのほか西表島では新種のイリオモテヤマネコが発見された。またこの年東京電力が電気料金の銀行口座振替制を開始している。
世相では共働きの家庭が増えたことでカギっ子という言葉が生まれたほか、アイビー族登場やエレキブーム、またピンク映画がさかんとなった。歌謡曲では「サン・トワ・マミー」(越路吹雪)や「柔」(美空ひばり)「君といつまでも」(加山雄三)、「網走番外地」(高倉健)、「愛して愛して愛しちゃったのよ」(田代美代子/和田弘とマヒナスターズ)などがヒット、書籍では「なせばなる!」(大松博文)や「ヒロシマ・ノート」(大江健三郎)、白い巨塔(山崎豊子)、テレビでは大河ドラマ「大閤記」(NHK)や「オバケのQ太郎」(TBS)、「ジャングル大帝」(フジテレビ)が人気に。
流行語では、「シゴキ」や「マジメ人間」、「これはエライことですよ」、「公害」など。
―◇―◇―◇―◇―◇―◇―◇―◇―◇―◇―◇―◇―◇―◇―◇―◇―◇―◇―◇―
 業界での出来事
 昭和40年にはいると軒先テントの市場に大きな変化が見られた。
 公道に張り出す日除け、雨除けテントなどが交通条例に伴う道路占有問題に引っかかり需要が停滞した。愛知県名古屋市では8月1日に日覆許可基準が配布され、厳重な取締りが始まったが、この許可基準の中には土木出張所か土木局管理課に道路占有の許可を受けなければならないという規定のほか、①日覆には広告類を添架しないこと、②日覆下で商品を陳列したり、自転車・器材を放置しないこと、③日覆の屋根は燃え難い素材を使うこと、④テントの出幅は0・5m~0・6mとすること―などが盛り込まれていた。特に④に関しては、このままではテントの役目を失う不合理が発生することから日帆連関西支部では8月1日に緊急に役員を招集、善後策を練ることにした。一方でファサード構築として装飾テントの需要が急増した。これによってテント縫製企業にもエクステリアとしてのデザイン知識が求められるようになった。
 また、3月16日~17日の大阪市内に降った大雪によって40数箇所の商店街アーケードテントが被害を受け、以後アーケードの建築基準法改正が議論されだした。
 この年の初めに帝人が、ナイロンターポリンに参入、帝人商事㈱を窓口に全国で一斉発売した。旭化成もナイロン帆布「ガンツ」を市場に投入、先発組の東レ、ニチレ、クレハと群雄割拠の様相を呈し、各地で勉強会やブロック会を開催した。9月に入ると東洋紡績と大和紡績との間で業務提携が成立、東洋紡は帆布の生産を停止し大和紡に譲り、大和紡はカタン糸の生産を中止して東洋紡に譲る商品交流を行った。これによって東洋紡商標の「星つばめ印」は大和紡が生産するところになった。11月に入ると東洋紡績が呉羽紡績を吸収合併し、重布業界の勢力図が大幅に塗り替えられていったのである。
 全帆連では、東京、大阪の主力業者が検討を重ね、登山テントのJIS規格化が進められた。従来からの技術を規格化、通産省もこれを受け入れ、JIS規格が誕生したのである。さらに養生シートについても品質保証の観点から規格化に取り組みだした。
 新商品では愛媛県今治市の桑原テントがロープやクサリ、ハンドルが要らない自動巻上装置を、矢野テントのパワーパイプテントもこの年の4月に発売された。メーカーでは、旭化成がサランテントでタテ糸、ヨコ糸ともマルチフィラメントを使用した新タイプのテント地を発売している。
大阪の美羊製作所が滋賀の湖西にある琵琶湖バレーに200張りの家型テント(帝人テトロン)を施工、東京・港区の秋山兼次郎商店は聖心女子学院のグランドにおいて50坪の大空間を覆うテントやドーム型テントを製作しテントショーを開催した。
 業界関連では不思議なことに、この年社屋改築や新社屋竣工が相次いだ。㈱津田商店は1月30日に落成パーティーを開催、大一帆布は2月28日に新社屋披露パーティーを、都化工㈱は3月1日より新工場が稼動し始めた。東京ではビルの壁面に岩場を作り、ロッククライミングが出来るようにした太陽工業の「東京ロック」ビルが3月27日に完成、4月28日には山口の不二産業㈱新社屋及び工場が竣工、5月には創立60周年を記念して㈱広瀬商会が増築披露パーティーを、㈱三福商店も創立15周年を記念して社屋を新築している。
 組合関係では、4月に大阪府帆布工業組合が新発足、理事長に山崎康夫氏が就任したほか、5月に開催した全帆連の総会では若村三人氏が新会長に就任した。関西初の公認工業組合として大阪府帆布工業組合が設立され、第1回総会が、11月12日に堺の新東洋で開かれた。
 秋の叙勲で高島幸太吉氏(高島㈱社長)が勲五等双光旭日章を授章、11月27日に東京・丸の内のパレスホテルで叙勲記念祝賀パーティーを開催した。
なお、当紙創業者の首藤充康がこの年の12月23日に67年の生涯を閉じた。

powered by Quick Homepage Maker 5.1
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional