産繊新聞社

昭和43年

昭和43年

社会での出来事
 2月20日、静岡県清水市で暴力団員2人を射殺した金嬉老が、寸又峡温泉の旅館に人質13人をとり龍城したいわゆる「寸又峡事件」が起こった。朝鮮人差別の告発に新聞やテレビなどメディアを使い、人質に対しては詫びるという異例の展開を見せたが、事件発生から4日後に逮捕され、最高裁で無期懲役が確定した。金嬉老は99年に仮出所で韓国に渡っている。
 学生紛争が激化したのがこの年。1月29日に東大医学部で医師法改正に反対する運動が起こり、無期限ストに突入。6月17日になると当局に反対し安田講堂などを占拠した医学部学生に対し、機動隊が突入、このことによって全学部に紛争が拡大した。日本大学でも学生紛争が激化、4月14日、日大の内部で20億円使途不明金が発覚し、このことが契機となり5月27日に全学の共闘会議が結成された。
 交通違反者にその場で罰金額を記入したキップを渡す「交通反則通告制度」が始まったのが、この年の7月1日。同じ日に郵便番号制もスタートした。さらに10月に入ると、交通違反点数制(ポイント・システム)が始まった。
 7月7日に第8回参議院議員選挙が行われ、タレントの青島幸男や横山ノック、文壇では石原慎太郎や今東光、他にも「東洋の魔女」と呼ばれた女子バレーボールチームを率いた大松博文元監督など「タレント議員」が続々当選を決めて話題となった。
 10月13日、第19回オリンピック・メキシコ大会が開幕、日本は215人が参加し、体操で6個、レスリングで4個、重量挙げで1個の合計11個の金メダルを獲得、さらにサッカーでは釜本邦茂らの活躍で堂々の銅メダルを獲得した。そのほか、8月8日、札幌医大の和田寿郎教授が日本初の心臓移植手術を実施(83日後に患者死亡)、10月17日に川端康成がノーベル文学賞を受賞、12月10日に東京・府中市で3億円事件が起こった。
 ヒット曲では「ケメ子の歌」(ザ・ダーツ)、「亜麻色の髪の乙女」(ヴィレッジシンガーズ)、「長い髪の少女」(ザ・ゴールデンカップス)などGSのブームはまだ続いていたが、メンバーの交代や追加などで、雰囲気を変えてきたこともあって、前年67年に比べるとブームが下火となってきた一方、台頭してくるのが演歌で、青江三奈の「伊勢佐木町ブルース」、森進一の「花と蝶」などはその象徴であった。また、その後大ヒットするピンキーとキラーズの「恋の季節」、岡林信康の「山谷ブルース」、水前寺清子の「三百六十五歩のマーチ」、いしだあゆみの「ブルーライトヨコハマ」はこの年の下半期に発売されている。漫画では「ハレンチ学園」(永井豪)やあしたのジョー(ちばてつや)が人気となった一方、スカートめくりが流行り、社会問題化にもなった。そのほかヒッピースタイルが登場したり、サイケデリックな広告・ファッションが流行したのもこの年である。
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業界での出来事
 新年早々、北海道で発生した大手業者の整理から波及し、業界にも暗雲が立ち込め、一部の問屋、染工場が火の粉をかぶり、経営困難となったが、債権者の話し合いで何とか再建の方向へ進むようになった。これを教訓に業界内では手形決済の短縮、適正マージンの確保に真剣に取り組むようになった。
 大阪万国博覧会を2年後に控えたこの年、各国・企業の建築物の概要が発表されだした。膜で特徴的であったのが富士企業館。幌馬車型のパビリオンであるが、これは太陽工業によって開発されたエアーシェルター(エアービーム)構造を採用、キャンバスをチューブ状に縫合、そのチューブに送られる空気によって自立する構造である。太陽工業と小川テントJVで受注、素材は倉レ・ビニロンが使われた。また、「お祭広場」の屋根は外装に風船構造、鉄骨組立は玉ジョイントという新工法が採用されることが決定、屋根となった風船は、丹下健三氏と福田朝生氏(双星社竹腰建築事務所)、神谷宏治氏(都市建築研究所)、東洋レーヨンが共同で開発、鉄骨の継ぎ目のジョイント工法も丹下グループと八幡製鉄の共同で開発されたものである。
 大都市圏で厳しくなってきた道路使用規制が、この年から、地方に波及してきた。高知県では建設省及び土佐国道工事事務所と組合との間で会談が行われ、この席で高知県知事に委託されていた国道の管理が、すべて建設省が管理することになり、左記の規制を行う旨を一方的に提示された。
 ①使用料金はテントが1㎡あたり230円、テント看板が1㎡あたり1000円/年とすること
 ②昭和44年3月末までに固定式から巻上式に移行すること
 ③屋号のほかに商品名を文字入れしたものはすべて看板と見なすこと
 ④一定様式の道路使用許可申請書に記載、申請後、1週間から10日後に工事許可書を発行、工事着手は許可書発行後とすること
全国でも例を見ない厳しい規制に組合側が猛反発し、行政との間で大きな軋轢を生むことになった。
 9月20日~11月10日までの52日間、大阪万博のプレ万博として、大津市琵琶湖湖畔で「びわこ博」が開かれた。大阪タカラ商会やライオン堂、小川テントなどがパビリオンや休憩所テントを設営した。
 新製品では太陽工業が空気ビーム(梁)構造の「エアーシェルター」を開発、チューブ状に縫合されたその構造は、今のマククイックシェルターの形状にそっくりである。また、俣野はオリジナルの「ビニロンテント」を開発し展開を図った。住友電工と近畿地建が合成ゴム引ナイロンターポリンに水を入れて、土嚢とする「水マット」を、旭化成はネオプレン・スポンジを使用し強力な浮力を生み出す救命具「アプティ」を発売するなど災害用が数多く発売された。日吉鉄工所はプラスチックのエルボとパイプを組み合わせた「装飾用パイプ枠」を、同じく岡島製作所も組立式のパイプ枠を開発し、流行していたホンコン式テント用に発売した。紀州鉄工は電磁石を応用した自動アイレット打ち「KIアイレッター」を発売した。㈱三福商店(菅原悦三社長)は、折り畳み式の室内用土俵を開発、パテントを取得し全国で販売を開始した。
 組合関係では、九州帆布製品工業組合が解散したことに伴い、県単位での組合設立が急がれた。2月14日に熊本県帆布製品工業会が産声を上げたのに続き、3月23日には長崎県帆布製品同業組合が設立、初代理事長に松田重幸氏が就任した。また、若手を主体とした東海四県連絡協議会は、5月26日、名古屋市内で勉強会を開催、「テントのデザインについて」をテーマに東京・山口テント商会の山口引一氏、「防炎シート」について日本防炎協会の岩崎理事が、「テント業に必要な原価算出」をテーマに静岡帆布縫製工業の山口清蔵氏がそれぞれ講演した。9月15日に愛媛県帆布製品工業組合が設立され、伊予テントシート商会の椿井正一氏が初代理事長に就任した。また、北海道帆布工業連合会も同じ日に設立総会を開き、会長に山本正吉氏(北農資材工業㈱)が就任した。11月16日に大阪府高石市の「新東洋」において開催された大阪府帆布工業組合の定例会では、山本高周波研究所のYVA―400型テントシート用ウエルダー、紀州鉄工のハトメ・アイレット自動打ち機「KIアイレッター」などの操作実演を実施した。
 訃報では1月15日に武田商会の武田鶴松氏が心筋梗塞で逝去されたほか、東京テント㈱の宮沢幸一氏も5月26日に心筋梗塞で逝去された。

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