産繊新聞社

昭和47年

昭和47年

社会での出来事
 1月24日、グアム島の中心都市・アガナ市から南へ19㎞のジャングルで、元日本兵・横井庄一さん(56)が発見され、2月2日に出征から31年ぶりに日本国土の土を踏んだ。軍事教育を受け育った同氏は生きて本土に戻ることはないと考えていたため、帰国の際の第一声は「恥ずかしながら帰って参りました」だった。
 2月19日、連合赤軍の坂口弘ら5名が管理人の妻を人質に10日間にわたって立てこもったあさま山荘事件が起こった。28日に警察が浅間山荘に強行突入、死者3名、重軽傷者27名を出したが、人質は無事保護され、立てこもり犯5人は全員逮捕された。また、3月7日には連合赤軍の妙義山中大量リンチ事件が発覚、12人の遺体が発見された。警察の捜査網から逃れるため山中に山岳ベースと呼ばれる山小屋を建設して潜伏中に、「総括」(詳細は後述)と称して連合赤軍内部で粛清が行われたもので、17名が逮捕された。
 2月3日、札幌冬季オリンピックが開幕、3月15日、山陽新幹線の新大阪―岡山間が開通、3月26日には奈良県・高松塚古墳で極彩色の壁画が発見された。5月13日には大阪・千日デパートビルで火災が起こり、118人が死亡する痛ましい事故が起こった。5月15日沖縄が返還され、沖縄県が発足した。そのほか第二次ベビーブームの裏で捨て子が増加したのもこの年の象徴的な出来事であった。
 6月17日、佐藤首相の退陣表明を受けて、自民党内で次期総裁選が行われ、7月7日、田中角栄が最年少総理に当選、第一次田中角栄内閣が成立した。日本列島を高速道路や新幹線で結び、地方の工業化を促進するとともに、地方の過疎と都市の過密状態及び公害問題を同時に解決しようという持論を著した「日本列島改造論」は当時発行部数91万部のベストセラーとなった。その後9月29日には、北京で田中角栄、周恩来両首相が「日中共同声明」に調印し、中華人民共和国と国交を結んだ一方、中華民国(台湾)に断交を通告した。
 スーパーマーケットのダイエーが、半期売上でデパートの三越を抜いて小売業の第1位になったのが、下半期8月のこと。12月には国連統計で東京の物価が世界一にになった。11月5日、上野動物園で、日中国交回復を記念して贈られたパンダ・カンカンとランランの一般公開を開始した。初日の入園者約5万6千人、空前のパンダブームの幕開けであった。
 9月5日、ミュンヘン五輪でパレスチナゲリラがイスラエル選手団宿舎を襲撃、選手を人質に立てこもり、救出失敗によって人質全員が死亡するという痛ましい事件が起こった。
その他、「オセロ」、「仮面ライダー関連玩具」、「スマイルバッジ」が大人気。ファッションでは「ホットパンツ」が流行した。「結婚しようよ」(吉田拓郎)、「岸壁の母」(二葉百合子)、「瀬戸の花嫁」(小柳ルミ子)、「女のみち」(ぴんからトリオ)「学生街の喫茶店」(ガロ)などがヒットした。
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業界での出来事
 前年(昭和46年)8月の「ドルショック」に端を発し、不況による国内需要の不振、対米輸出規制、円切り上げによる輸出環境の悪化から、合繊メーカーは自主的な減産を強化していた。また、同じく前年10月、時の田中通産大臣がアメリカと突然「日米繊維協定」の了解覚書に仮調印したことで、織機の買い上げが行われ、機屋の生産能力が激減、加えてカジュアル向けのほうが利益を得られることから産業資材の生産を敬遠し、帆布は極端な品不足に陥りだした。ちなみに「日米繊維協定」が結ばれた当時、政府は同時に沖縄返還交渉を行っていたため、繊維業界は「糸(繊維)を売って縄(沖縄)を買った」と猛反発したという。
 この年、一般家庭の自動車保有台数が1千万台を突破、本格的なマイカーブームが到来した。これにともない業界には新しい市場が登場した。ひとつはアウトドアブームによる関連製品(キャンプテント、ボートなど)需要で、当時はまだ輸入品が少なく、国内企業は大いに潤った。小川テントは自動車メーカーの東洋工業(現・マツダ)と共にキャンプ用品を、高島は「自然を求めるハイランド」をキャッチコピーにビーチ用品を、大阪の三和縫製は進精金属製作所のホロホロテーブルパラソルセットをこの年に発売している。もうひとつは一般家庭におけるカーポートや自動車カバー需要で、塚越製作所と高島が組立式簡易カーポート「シートレスト」を、中央産業(岐阜)が付属品を用いることでキャンプテントに変身する自動車カバーを、岡田製作所(大阪・北区)はカラフルなテント地を用いた「CAR―PAO」というカーポートを発売した。また、積水化学は、スイスのフレゴ社と提携し、軒出しタイプとスタンドタイプのオーニング「フレゴテント」を発売した。前者は壁への直付オーニングとして、後者はカーポートやアウトドア用途に展開した。
 この年テントの関する功罪が新聞紙面を賑わした。イメージアップにつながるものとして、17日夕方、名古屋市内のアパート四階から落下した幼女が、一階の商業施設に取り付けられていたテントで助かったという出来事や、21日早朝大阪・柏原市のスーパー2階から出火した火災で、テントつたいに住人が避難し助かったという出来事があった一方で、京都市中京区では3日、屋上ビヤガーデンに設置していたテントが突風に煽られ捲れ上がり、テントの一部と鉄柱パイプ、鉄板、テーブルなどが25m下に落下、ビルすぐ下の3軒の住居を破損する事故を起こした。けが人は出なかったもののこの事故は当時センセーショナルに報道され、テントの屋上設置制限の強化に繋がっていく。
 9月2日~15日の2週間、本紙主催でミュンヘンオリンピック及びヨーロッパ視察旅行を12名の参加者で実施した。オリンピック会場施設大屋根テントの視察やライスター社訪問、ヨーロッパ街並み視察など盛りだくさんの内容であった。このころの業界はまだ景気が良く、業界内の会合で盛んに旅行会が催された。東部テイジンテント会は三泊四日の日程で沖縄を、西部テイジンテント会は香港マカオの旅、サランテント会は西は高知へ、東は熱海で謝恩会を開催している。
 新製品では旭化成がナイロン66超強力フィラメント糸を使ったレオナ・キャンバスを、ツダ㈱は軽四輪・中型車用の簡易組立ガレージ「ホロホロ・ガレージ」を、俣野㈱はテントの掃除機「ネオ・ブラシ」を発売した。鐘紡は装飾テント地「ベルフラワー」を開発、大一帆布などから発売された。カラーはイエロー、レッド、グリーン、朱、紺、白の6色のほか花柄も用意した。興味深いのがその展開方法で製肉店、美容院、喫茶店、洋菓子、薬局・化粧品店など7つのパターンにフレームを組み合わせユニット化した。当時、テント業界はこうした展開にアレルギー反応を起こす方々も多かったが、商店のチェーン展開が一般的になると共に、この商品を積極的に取り組んでいこうというテント業者も次第に増えていった。
 業界関連では増田清商店の本社ビルが2月3日に完成、盛大な竣工パーティーが開かれた。また、秋田県帆布装飾同業組合が2月16日に新発足、理事長に中村産業の中村順三氏が就任した。4月12日、東京、関西、北海道、九州の重布会が集まり、全日本重布会連合会が正式に発足、香川県高松市の石原商会は創業20周年の祝賀会を4月16日に開催した。関西帆布化学防水(現・カンボウプラス)の福井工場が落成したのが、この年の7月のこと、移転作業の後9月より本格的に稼動した。加藤㈱仙台支店も10月27日、落成し取引先を招いた社屋落成パーティーを開いている。

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