産繊新聞社

松右衛門、70年の生涯を閉じる

松右衛門、70年の生涯を閉じる

文化8年(1811年)、備後国(広島県)福山城主安部侯は、鞆津の築港並びに入川口の修築普請を、領主酒井侯を経て松右衛門に委嘱されたが、松右衛門は老弱病の故をもって、早速その任に堪えざる趣を申述べ固辞した。しかし、再三の懇請に、最後のご奉公と勇を奮って起ち、鞆に往って工事を督励し翌九年見事に完工、その責を果たした。これに阿部侯の満悦一方ならず賞するに三人扶持をもって之を遇したという。
 工楽松右衛門
 鞆津波戸普請一件並に城下入川口普請相頼候処乍病中格別之丹誠にて大旨致出来満足被致候依之三人扶持相饋候
 としている。
 しかしながらこの工事の完了に重責を果たすと共に病あらたまり、遂に再び起つ与はず、天寿を全うして大往生の本懐を遂げたのである。時に文化9年(1812年)8月21日、享年70歳であった。今から約200年前のことである。
松右衛門墓所は同町の名刹、宝瓶山地蔵院十輪寺にある。この碑面の表には、「工楽松翁塚」、裏には「文化九年壬申八月二十一日逝焉 工楽松右衛門定栄建立」とあり、二世松右衛門の建立で石碑の形状はあたかも帆布を両巻きにした如く、「帆布の父」の威徳を偲ぶに相応しいものである。十輪寺は播州地方唯一の巨刹で弘仁6年9月(今を遡る約1200年前)、時の帝・嵯峨天皇の勅許を得て、空海が草創せる霊蹟で、空海の入寂21日が奇しくも松翁の命日に当たることも積徳の余光というか誠に仏縁深きものといわざるを得ない。
 松右衛門、70年の生涯中には収録し得ない多くのものを残しているが、そのすべてが公益を基とした発明であり、その功績の偉大にして後世に至る迄恩恵に浴しつつある割に、世にその高名をうたわれなかったのは、ひとつに帆布とか波戸築造とか一般普遍的なものでなかったこと、かつその前後に天竺徳兵衛とか高田屋嘉兵衛とか華々しい人物が同地方にあり、小学校の歴史本に搭載されて世人の興味を引いた影に隠れざるを得なかった、地味な存在であったがためではないだろうか。
 松右衛門の亡き後、その子二代松右衛門、その孫三代松右衛門ともに、川普請、波戸修築、新田開発などに尽力した。概略を記すと
 二世松右衛門は天明4年(1784年)に生まれ、資性慧敬、父の志を承継して工事に従事せり。文化9年(1812年)、領主酒井侯金五両二人扶持を賜う。文化10年領主、幕府老中松平越中守の命を伝え、松右衛門は江戸に下り、幕府軍艦製造の企図により、その製図を命ぜられ、之を製して上進した。文政2年(1819年)、領主、高砂沿岸の沙汀を開拓し耕田となすべきを命じ、即ち数十町歩を開墾して自己の屋号に因みて宮本新田と称す、今に至るまで宮本新田または工楽新田と呼ばれる。文政7年(1824年)豊前小倉藩主小笠原侯幕命に由り対馬国に抵らんとし、船艦を兵庫津において製造せんことを嘱されたるも松右衛門病痾のため、身体意の如く成らざる以って匠人、治工を兵庫より微募、高砂においてこれを督して遂に千石積以上の船艦を完成し相生丸と名づけられた。嘉永元年(1848年)領主、高砂川口普請棟梁を命ぜられる。嘉永3年(1850年)4月、病を得て歿す。享年67歳。
 三世松右衛門は、文化11年(1814年)に生まれ、嘉永3年なくなった父・二世松右衛門の業を継ぐや、領主より二人扶持、苗字帯刀を許さる。文久3年(1863年)、郷土の有志と謀り、官に請い、その補助の下に高砂湛保を築造す。松右衛門自ら工事を担当し、励精三年ついに竣成せるもので、酒井侯より激賞された。明治3年、開拓使より北海道産物会所御用達を命ぜられ、明治五年開拓使金を賜うて慰労さる。明治14年10月、病にて歿す。享年68歳。
 三代連続でよく父祖の業を継ぎ、さらに尽くしたるは誠に稀世の積徳家と申さねばなるまい。
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 広島県の鞆の浦は、古くから潮待ちの港、風待ちの港として知られている。ここには、北前船の寄港地に見られる五つの設備が今もなお残っている。潮の干満差が大きい瀬戸内海で、その干満を利用して積み下ろしが出来る「雁木」、灯台に相当する石造りの「常夜燈」、三基の「波戸」、「船番所」跡の石垣と「焚場」である。
このうち、松右衛門は波浪で損壊した「船番所」波止の補修とその延長を行った。このとき、松右衛門は興味深い図面を残している。1811年に松右衛門によって描かれた鞆港の修築計画図には、後世、柴田宗右衛門によって作られる玉津島波止と明治になって作られる造船所波止が記載されているのである。これは、鞆港全体のマスタープランをはじめに松右衛門が制作した表れであり、松右衛門は、単なる職人ではなく、計画者(プランナー)としての素質を持っていたと考えられている。
常夜燈  鞆の浦の常夜燈
波止場  鞆の浦の船泊

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