産繊新聞社

陰陽五行と幕の色彩

陰陽五行と幕の色彩

相撲の土俵の上にある吊屋根に取り付けられた幕のことを「水引幕」と言います。現在、幕の色は紫で、英訳でも「パープルカーテン オン ザ ハンギング ルーフ アボブ ザ リング(土俵の上の吊屋根に取り付けられた紫色のカーテン)」となりますが、正式には黒の幕を用いなければなりません。大相撲評判記の中に水引幕について次のような記載があります。「四本柱の上に張幕を水引幕と號るは、東西の力物精力を勵まして勝負をいどむ、是陽と陽とを闘かはす事なり、陽気相戦ときは陽火を生、たとへば檜と檜とすり合すときは火を生ずるが如し、此理をもつて陽火を鎮むるため、水に表して水引幕といふ也、かるがゆえにはる時も北より張り出し、北にてはりをさむ、北は陰にして水徳を主り、易によりては坎なり、尤絹の色は黒なるけれども、是も後世風流の好みによち色々の絹を用る也」。一般の方には何のことかよくわからないと思いますが、これは「水引幕は陰陽五行思想を持った幕」であることを物語っています。今回はその陰陽五行思想と幕の色彩についてお話していきたいと思います。
陰陽五行とは、中国の春秋戦国時代に陰陽思想と五行思想が結びついて生まれたもので、天地開闢から宇宙森羅万象のあり方、中国の古代天文学とも密接にかかわっています。原初、宇宙は天地が分かれておらず混沌とした状態でしたが、この「混沌」の中から光明な軽く澄んだ「陽」の気が上昇し「天」となり、重く濁った「陰」の気が下降して「地」になった。その一方、地上には陰陽の気の交合の結果、木、火、土、金、水の5原素が生まれた-これが陰陽五行思想の骨格となるものです。木、火、土、金、水の五気は宇宙間の万象、色彩や方位、季節、惑星、天神、内臓などに配当されますが(詳細・五行配当表)、色と方位だけを抜き出してみると「木=青=東」、「火=赤=南」、「土=黄=中央」、「金=白=西」、「水=黒=北」となります。大相撲の中継を見てわかると思いますが、相撲の吊屋根には方位ごとに赤房、青房、白房、黒房が飾られ、その中央に土俵(黄色)が置かれた、まさに陰陽五行の空間です。そして力士と力士が戦うとき「火」が生まれ、それを静めるためには「水」が必要という理由から、土俵上の屋形に「水引幕」が使われだし、その色彩は黒となったのです。
このように「水引幕」は陰陽五行が大きく影響していますが、同じく「五色幕」に関しても陰陽五行研究の第一人者の故・吉野裕子先生は「五行思想に由来する」と著書で著わしています。また、神祭の料に榊(さかき)の枝に掛けて、麻や楮(こうぞ)で織った布を神前にささげますが、この布のことを「和幣(にぎて)」といいます。古事記では「青和幣・白和幣」を使うと書かれていて、これは青=東、白=西の東西軸、すなわち太陽信仰の軌を表したと考えられています。同じく「浅黄幕(青白幕)」も神聖化された太陽の運行する道を表したと考えられ、地鎮祭や上棟式などの神事に多く用いられました。一方、平安時代の絵画に登場する斑幄(まだらのあげはり)は、多くが「赤と黒」、もしくは「赤と濃い紺(紫)」という今では見られない色の組み合わせです。社寺では「黒」を「濃い紺色(紫)」に置き換えるケースがありますが同一のものと考え、ここでは「赤黒幕」と表現しておきますが、これは五行思想が伝わると共に世界認識軸に加わった「南北軸」を表現していたのではないかと筆者は見ています。五行思想が入ってくるまでの日本には、「南北」という世界観がなく、「東西」の区分けがすべてでした。「東」は「生命誕生」、「西」は「死の方位」で太陽が再生されるまでそこに籠もる「子宮・胎・穴」の方位です。ところが五行思想が日本に入ってくるなり、「南北」という新しい世界軸が脚光を浴びます。「南北軸」は星を神聖化したもので、北には満天の星を司る「太一(たいいつ)」という神が北極星に座し、向かい合う南には皇帝の祖先の霊をまつる「天廟」と位置づけられる「南斗六星」があり、天子の寿命を司るとされていました。天を支配し、祖霊と寿命を司る北斗と南斗の軸は、当時の人にとっては太陽軸以上の存在になっていくのです。「赤」は南、「黒」は北。現在ではあまり見ない「赤と黒」の斑幄が宮中の行事などに盛んに使われたのは、その時代の流行だったのではないでしょうか。
ちなみに京都・嵐山の車折神社(くるまざきじんじゃ)では、毎年5月の第三日曜日に、例祭の延長神事(行事)として三船祭を行っています。祭神である清原頼業公が活躍された平安時代の船遊びを再現する行事ですが、大堰川(おおいがわ)に浮かぶ御座船・龍頭船・鷁首船に、木瓜紋入りの「赤、黒(濃い紫)」の斑幄が使われています。
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参考文献
陰陽五行と日本の民俗/吉野裕子(人文書院)
 易・五行と源氏の世界/吉野裕子(人文書院)
大相撲評判記/好華山人(早稲田大学図書館所蔵)
古事記/山口佳紀・神野志隆光(小学館)
古今要覧稿/屋代弘賢(原書房)

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