産繊新聞社

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私たち、帆布鞄を作ります

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はじめに
偉人とは、歴史に残る重大事を成し遂げた人(広辞苑)のことをいう。
野口英世、エジソン、ナイチンゲールetc。彼らは伝記として後世に伝わり、小学生のときにそれを読んで「お医者さんになりたい」とか「科学者になりたい」という夢を描く。しかし伝記として後世に語りつがれる偉人はほんの一握り。名前を聞いただけでは何をした人物かは解らない。そんな偉人がほとんどなのである。
工楽松右衛門(くらくまつえもん)もその中の1人。名前を聞いてピンとくる人は生まれた地元の人か、よほどの歴史小説マニアぐらいであろう。1743年(寛保3年)、播磨・高砂(現在の高砂市)で生まれた松右衛門は、15歳で兵庫津の廻船問屋御影屋で船夫として働き、やがて、自分で船を持ち、海運業を営むようになった。当時、風を受けて走る帆船の「帆」は薄い綿布2、3枚を重ね縫いつないで作られていたため破れ易く作るにも修繕するにも多くの労力を要したが、松右衛門は、自らの航海の経験から帆の改良研究を続け、1785年(天明5年)、太い木綿糸で丈夫な帆の織り上げに成功した。彼が作った帆は松右衛門帆と呼ばれたが、彼はその製法を独占しなかったため全国に瞬く間に普及、破れ難く丈夫な帆によって航海にかかる日数を大幅に短縮され、日本の海運の発展を明治時代まで支えたのである。
「其志ざす所無欲にして皆後人のためなる事を而巳生涯心を用ひたりき」。江戸後期の農学者大蔵永常は「農具便利論」の中で松右衛門をこう評した。その志は、今の日本に最も必要とされているものなのかもしれない。

出会い編      
①高砂神社で    ②翁の導き    ③美帆と理帆 
④帆布について調べる
⑤理帆 カバンを試作する(近日公開)

 

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